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 コラム


<2016.12.18>


タコ釣り用ネズミルアー

 

昔,潮が満ちて沖の岩に取り残され泣いていたネズミをタコが助けてあげた.ところが恩知らずのネズミは陸に達するやいなやタコの頭に脱糞して行ってしまった.それ以来,今でもタコの頭には黒いシミが付いている.これに怒ったタコはネズミをのろい,ネズミを見ると水底へ引っ張り込むようになったそうだ.これはサモアで手に入れた書(Shari and Donald Cole 1978 “Camera on Western Samoa”, Executive Printing, Auckland, NZ)に載っていたものである.ニューカレドニアにはこの物語をデザインした切手がある.タカラガイで作られた「ネズミルアー(rat lure)」はこの物語と関わりがあるようだ.ルアーはタカラガイとタコノキ(タコノキ科の植物)製の房(尾),および魚の骨で作られた鈎が組み合わされてできている.ポリネシア人の間で広く使われていたらしく,私はこれをハワイとサモアの博物館で見た.このネズミはナンヨウネズミである.ナンヨウネズミはポリネシア人が食料にするために,カヌーに乗せて南太平洋の島々に広めた.クマネズミやドブネズミが南太平洋に広まったのは18世紀以降であるから,この物語が生まれたころにはまだいなかったであろう.ただし,海辺のネズミをタコが本当に捕食するかどうか,私は知らない.(矢部辰男)




クマネズミが占める北タイの山岳部落

 

19883月のこと,タイ国立衛生研究所(1986年にJICAの援助で建てられた)のモンコン氏に案内されて,タイ北部の山岳部落(A)へ行った.ミャンマーに接するチェンライ県(Chang Rai)にあり,タイ語が通じず,会話に通訳が要る部族(アカ族)の村だ.熱帯といえども,乾期の山岳地帯は夜になると冷え込む.そのため,厚手のジャンパーや防寒帽の者もいた(D).この部落で捕れた30匹は,すべて腹の真っ白なクマネズミであった(BC).B左端のレンガ造りは,村で収穫された米を保管する倉庫で,ネズミの侵入を防ぐ構造になっている.山間から清水を引いており,飲み水は豊富だが(E),湿地はない.湿地を好むドブネズミがいない理由はわかるが,東南アジアに普通に分布する家鼠,ナンヨウネズミがいないのはなぜなのか.寒い乾期を越すことができないのだろうか.(矢部辰男)





ナンヨウネズミが優占する中部タイの村

 

1984年のことである.タイ国医科学局のモンコン氏に案内されてタイ中部の農村へ行った.この村はチャンタブリ県(Chanthaburi)にあり,暑さを防ぐための開放的な高床式家屋が多く(写真左),イグサの生産が盛んである(写真右).乾期だったせいもあり,調査の時期には道路沿いの草は枯れ,土埃がひどく,井戸の底にはわずかな泥水がたまっているだけだった.人々は瓶にためた雨水で生活していたようだ.ここで捕れた110匹のうち,85%をナンヨウネズミ(東南アジアと熱帯・亜熱帯太平洋に分布する家鼠)が占め,クマネズミは7%にすぎなかった.なぜクマネズミが少ないのであろう.クマネズミはナンヨウネズミに比べて渇きに弱い.そのため,この村に定着できないのだろうか,本当の理由はわからない.(矢部辰男)



<2016.06.17>

中国で見たモグラネズミ罠

 

20027月,中国山西省農業科学院植物保護研究所の案内で黄土高原を訪ねた.この地域では乾燥地帯を緑化するための大規模な植林が行われていた.しかし,せっかく植林しても苗木の根がネズミにかじられて枯れてしまう.犯人はシナモグラネズミ(Common Chinese Zokor)である.このネズミは300700gほどの大きさで,鋭く長い爪を持ち,モグラのように地中生活をする.しかしモグラと異なり,もっぱら植物の根や根菜類,地中の種子などを食べるので農業上の被害も大きい.警戒心が強いので,トンネル内に殺鼠剤を置いても食べてくれない.農民が特殊な罠のデモンストレーションをしてくれた.トンネル内に吊した土団子をネズミが押すと石のおもりが落下する.その石の重さで,下に立ててある先端のとがった鉄棒がトンネル内のネズミを差し貫く仕掛けである.写真のネズミは,この罠で捕らえたものであり,針が突き刺さっているのに元気よく逃げ回った.(矢部辰男)

 

瓦礫に乗って島に渡った津波被災のドブネズミ

 

東日本大震災の津波被災地に住んでいたネズミたちは激流でほとんどが押し流され死亡したと,かつて私は考えた(矢部・石川2012:衛生動物63, 4548;矢部2012:ねずみ情報65, 2428).津波の数カ月後に被災地の瓦礫置き場や食糧倉庫などで調べたところ,ネズミの証跡は一部の倉庫を除いて皆無だったからである.しかし,押し流されたネズミは全滅したのではない.瓦礫に乗って沖合の小島にたどり着き,生き延びたものがいたようだ.それは宮城県牡鹿郡女川町沖にある足島(広さ9ヘクタール)の話で知った.この島は海鳥類の貴重な繁殖地である.日本野鳥の会宮城県支部の報告によれば,震災直後,足島にたくさんの木質瓦礫が漂着した.同じころドブネズミが増えて海鳥類に壊滅的被害を与えているという.泳ぎの得意なドブネズミといえども,「洗濯機の中のような激しい津波の流れ」(地元民)に抗することはできないはずだ.ドブネズミは瓦礫に便乗して島に渡ったのであろう.(矢部辰男)



<2015.10.30>

タイで見たネズミ捕り罠(1)

 

40年以上前のこと,私はタイ国医科学局にJICA地域保健向上プロジェクト(チームリーダーは長谷川恩博士)の短期専門家として派遣された.そのとき研究室で見たのが写真(左)の罠である.実際に使われていたわけではなく,飾り物である.同じ罠についての解説が中国の書籍(『中国滅鼠工具図譜』山西省農業科学院農業科技情報研究所編,農業出版社,1994年)に出ていた.(矢部辰男)




タイで見たネズミ捕り罠(2)


 写真(左)はタイの民俗博物館で見たネズミ捕り罠である.ネズミが餌を取ろうとすると分厚い木の塊が落ちてきて圧殺される.まさに圧殺式罠である.同じ原理の罠は中国やイギリスの書(『中国滅鼠工具図譜』山西省農業科学院農業科技情報研究所編,農業出版社,1994年;Meehan, A. P. 1984. “Rats and Mice, Their Biology and Control.” Rentokil Ltd.)にも紹介されている.写真(右)は大阪市の南条秀夫氏が独自に考案したもので,やはり圧殺式罠である.総重量5.4kgで,木からはすばらしい香りが発生する.ネズミ捕りに使ってはもったいない.2000年にいただいて以来,もっぱら飾り物である.(矢部辰男)





<2015.05.10>

父島の「ネコ婆」とネズミ

 

 小笠原の父島には「ネコ婆」と呼ばれるお年寄りがいて,街を流れる川辺にミルクとペットフードを毎朝置いている(写真).以前はもっと多くの場所に置いていたが,最近はノネコ退治が進み,年とった1匹しか姿を現さない.ところが,あまり多くの餌を置くので食い残されてしまう.その残りの餌を,ネコの去った後にネズミが寄ってきて食べる.しかも朝からたくさん集まってくる.住民の苦情を受けて,村役場が餌やりをやめるようお年寄りに注意し,周りの環境整備を行った.おかげでネズミは激減したが,餌やりをやめたのは一時的であった.でも,地元の人たちは責めない.ネコはすでに高齢で歯もないから長生きはしないだろう,このネコがいなくなったらお年寄りがかわいそうだ,と寛容である.私にとって問題なのは,役場の職員が撮影した川沿いのネズミ(石垣に張り付いて待機している)がドブネズミに見えたことだ.戦後の父島からドブネズミは消滅したと私は信じ,その消滅の原因を探っている最中だった.その後,川の周りで調査を続けてみたが,捕れるのはクマネズミばかりであり,やはり父島にはドブネズミがいない,と今はほっとしている.(矢部辰男)


家ネズミのワナとワナの餌

 

わが国において,明治年代から昭和年代にかけてさまざまなネズミ用のワナが工夫されてきた(秦 2014 ねずみ情報70).また今日でもいろいろとヒントがありそうである(山崎 2104 ねずみ情報 69,矢部 2014 ねずみ情報70).山野に仕掛ける野ネズミ用のワナに比べて,家ネズミでは捕獲場所が建物やその周辺なので,アクセスが容易であり,また電源なども使いやすい.さらに捕獲効率が高いなら,ワナが多少かさばっても,運搬や設置が可能である.こうした点で,とくに家ネズミの捕獲には改良や工夫がさらに期待される.

古い年代に書かれたワナの本といえば,大正15年に刊行された,大神 (1926 鼠族駆除法 223pp.成美堂書店,東京)があるので紹介したい.この書籍では,それまでの駆除方法をまとめる中で,主に家ネズミを対象にしたワナとワナかけの工夫についてふれている.例えば,ワナを係蹄(はじきワナが該当する)と箱形の捕鼠器に大別して図示し,後者の捕鼠器では,袋式(常に餌を入れなければならない,一方にのみ入り口があるタイプ)より通路式(両端に入り口があり,その入り口は一直線上設けられたタイプ)が有効としている.このほか捕獲法としては,陥穽(ピットホール,落し穴)を作る方法などを記述している.なお,駆除方法としては,閉塞法,注水法,燻蒸法,猫法,犬法,細菌法,毒殺法などが項目立てられている.

ワナの餌や殺そ剤の基剤については,興味深い記述が多い.例えば,ネズミの好む餌として,穀物類のほか,焼きチーズや蜂蜜,牛脂(豚脂よりも好む)などが挙げられている.一方,捕獲率を下げるので,手の臭気についてはとくに注意が必要としている.このため,前もって手を必ず湿潤した土壌で摩擦し,人の臭いを土の臭いで覆ってごまかすようにすることなどを薦めている.

人の臭いの効果はどれほどなのだろうか.ドブネズミとクマネズミでは,いったん捕まえて放した個体が再度捕獲される確率は低い(例えば,田中 1967 ネズミの生態 169pp.古今書院,東京)が,どの程度に関係しているのか.ワナについた人の臭いがネズミを阻止することはなさそうだ(例えば,Corrigan, R. M. 2001. Rodent control: A practical guide for pest management professionals. 355pp. GIE Media, USA)との記事もあり, この要因はどう理解するのが妥当なのだろう.なお北海道の山野での作業では,普通,生ピーナッツやえん麦を餌にして,野ネズミを繰り返して捕獲することが容易であり,手の臭いなどにとくに気を配ることはない.(中田圭亮)   



「かしこい」クマネズミに勝ちたい

 

クマネズミは警戒心が強く,その強さはドブネズミに比べると雲泥の差のようだ.これは小笠原諸島父島の森林原野にすむクマネズミについて行った試験で,痛切に感じたことである.ベイトステーションやGoodnatureTM A24(右図:ニュージーランドで開発された罠で,餌に誘われて装置の入り口から頭を差し込みトリガーに触れると,打撃装置で瞬時に殺される.打撃装置はボンベから噴出される炭酸ガスで作動し,24頭まで殺す.ボンベは交換可能)を試験してみた.ベイトステーションは米国製のもので,通路脇の仕切り奥に毒餌または弾き罠を置く構造である(右図:Bell Laboratories社カタログより).これには,3晩続けて弾き罠を設置してみたがカゴ罠に比べると7分の1の捕獲率だった(ねずみ情報No.65).警戒して,中仕切りの奥に頭を入れてくれない.そのためか,クマネズミに対しては構造の複雑な箱形や,見通しの悪い型(入り口から向こう側が見えない型)ではなく,トンネル型のベイトステーションが推奨されている(Russell et al. 2008:Review of Rat Invasion Biology, Dep. Conservation, NZ Gov.).ハワイの森林公園における試験では,A24でたくさんのクマネズミが殺戮されているが(manoa.hawaii.edu/hpicesu/DPW/other/A24.pdf),これは信じられない成果だ.私たちの試験ではどう工夫しても全く捕れなかった.自動撮影カメラにはクマネズミがたくさん映っているのに,装置の中に頭を差し込んでくれない.

ベイトステーションもA24もクマネズミが問題にならない先進国で,いわばドブネズミ対策用に開発された装置ではないか.クマネズミが重要な駆除対象である日本ではその効用に限界がある.クマネズミの警戒心とは何なのか,どなたかぜひ研究していただきたい.これは行動学や神経生理学の研究分野であろう.クマネズミはかしこいとよく言われるが,この「かしこさ」を解明し,これに勝たなければネズミに笑われてしまう.(矢部辰男)



米食いねずみ

 

 昭和35年(1960年)の年賀記念切手の図案に採用された「米食いねずみ」は,お面などとともに金沢駅近くの中島めんや(金沢市尾張町2-3-12:駅東口から歩いて15分くらいの距離)で作られ販売されている.意外と目立たない店であるが,近くには観光スポットの近江町市場がある.加賀百万石の13代前田齊泰卿の天保初めころにカラクリ人形の影響を受けて考案されたそうで,竹のバネを押すとネズミは尾と首を下げて餌皿をつつく.このモデルはハツカネズミであろうか,それともクマネズミであろうか,その判定はちょっと難しい.(矢部辰男)



蒔絵用の「船ネズミ」毛筆

 

 北陸新幹線が開通してまもなくの2015年3月に,金沢の伝統産業を展示する工芸館を訪ねた.そこには,蒔絵用の道具として「船ネズミ」の毛で作られた筆の説明があった(写真).船ネズミという和名のネズミはいないので,クマネズミの英名(Ship Rat)から採られたのであろう.しかし,我が国古来の工芸用具に英名が使われたとすればその経緯が知りたくなる.かつて輪島塗の筆は琵琶湖産のクマネズミから作られていたが,このネズミが捕れなくなったので,経済産業省も対策に乗り出そうとした.しかしこれはクマネズミではなく,ドブネズミであった(矢部:http://ujsnh.org/activity/essay/wajima.html).ただし,今ではプラスチック製の筆が代替品として使われているそうである.以上のような説明を,学芸員が見当たらなかったので窓口の女性にしたのだが,理解していただけたであろうか,心配である.(矢部辰男)



それはイエコウモリの糞です

 

 イエコウモリ(写真上)とハツカネズミ(下)の糞はよく似ています.しかし,糞が崩れやすいかどうかを調べれば簡単に区別できます.イエコウモリは穀物を食べず,蚊やユスリカなどの飛翔昆虫を補食しており,糞はこれらのキチン質片でできています.そのために,指先でこするようにほぐすとすぐに崩れます.これと違い,ハツカネズミの糞は崩れません.

 10~4月は冬眠期ですが,これを除く季節には,郊外や農村などの河川上を低空飛行しているイエコウモリをよく見かけます.イエコウモリは一般に住宅の戸袋,壁や羽目板の隙間,倉庫の梁の隙間,天井裏の壁や瓦の裂け目,あるいは換気扇の隙間などから建物に侵入します.埼玉県北部のカントリーエレベーター入り口で黒い糞を見つけたので,上記の方法を試みたところ,イエコウモリの糞でした.近くに農業用水路があり,これがコウモリを寄せ付けていたようです.同じ埼玉県中部のJAの組合長室と会議室およびベランダにネズミが侵入しているとの連絡を受け,調べたところイエコウモリでした.換気扇と天井の隙間から侵入していたのです.2階の窓に足場を組んで,金網で侵入口をふさぎ,その後も半年間に数回,点検に通いました.イエコウモリは益獣なので薬殺ができず苦労しました.(松浦禎之)



ネズミが侵入しやすい稲の乾燥施設


 秋になって米の取り入れをするときには,昔は水田の畦道に稲を天日干しや棒かけをする風景が,また,越後では立木に干している風景が見られました.近年,そのような風景が見られなくなったのは,CE(写真1,カントリーエレベーター,国内に548棟)やRC(ライスセンター,国内に3,600棟)などの乾燥施設があり,電気で乾燥しているからです.これらの建設には高額を要し,例えばCEは1棟50~80億円です.

これらの施設は水田の跡地に建設され,農業用水路に囲まれているためにドブネズミやハツカネズミ,そして野鳥も侵入します.埼玉県中部にあるCEの操作盤室(昇降,操作,乾燥などの集中管理を行う)の狭い通路には工具箱や雑誌などが放置され,ドブネズミの糞尿が目に余る状態でした(写真2).天井や施設内にもドブネズミが多発し,操作盤のピット(地下1.5m)も糞だらけです.ピットの側面に配管口があり(写真3),配管口から操作盤へ,さらに天井へと移動し,ここから施設全域に広がって活動しているようでした.

対策として,金網をコの字型に加工し,配管口にセットしてネズミの侵入を防止しました.粘着板とクマリン化合物を設置しましたが,施設周辺に水田があり,地下施設は冬期でも10℃以上ありますので,低温ながら繁殖できる状態でした.あるRCは,私鉄の線路側にドブネズミの穴が無数にありました.そこで,鼠穴に燐化亜鉛3%剤を投入しました.施設周辺には年に2~3回の薬剤投入が必要と思います.(松浦禎之)



<2014.12.12>

ハツカネズミにかじられた石けん


 ハツカネズミも石けんをかじる.当たり前だとお笑いの方もあろう.しかし,ネズミとの長いつきあいのなかで,私にとっては初めての経験である.小笠原諸島父島の民宿に泊まったとき,宿の女将から相談を受けた.厨房の石けんがハツカネズミにかじられて困るという(写真).細かな歯形があったものの,女将の主張を疑いながら,近くにゴキブリ用粘着罠を仕掛けたところ,なるほどハツカネズミがかかった.ただし,ハツカネズミがこれを単にかじったのか,それとも食べたのかを確かめなかった.かつて,ドブネズミだったかクマネズミだったか記憶はないが,胃内容物を調べていたところ,検体が泡立ち,よい香りがしてきたので,石けんを食べたのだとすぐ判定できた.石けんはネズミにとって栄養物なのであろう.(矢部辰男)



少年時代の思い出-鳩卵を尻尾にまるめて運び去る

 

小学校4年生のころに両親から文鳥の幼鳥を買ってもらい,自分で餌をあげて育てあげた.それ以来,鳥に興味を持つようになり,大きな鳥小屋を自分で作ってセキセイインコや十姉妹を飼っていた.13歳のある時,知人宅へ行き,伝書鳩を厩舎から外に飛ばしているところを見てびっくりした.外に逃がしたら鳩は帰ってこなくなってしまうのではと尋ねると,伝書鳩は自分の厩舎に必ず戻って来ると笑いながら言われた.上空で飛んでいる鳩を半信半疑で見ていると,厩舎に全ての鳩が次から次へと戻ってきた.それを見て感激している私に,知人は雄と雌の鳩を譲ってくれた.

早速自宅に帰り,鳩小屋を3日間で作り終え譲ってもらった鳩を小屋に入れてあげた.毎日2回餌をあげていたがある日,雌の鳩が巣にお腹をつけたまま動かない.しばらく見ていたら巣から立ち上がった.見ると卵が1個産み落とされている.翌日になると卵は2個になり親鳥が交代で温めて23週間くらいで雛が誕生した.知人から新たに雌2羽をもらい,2年ほどで20羽ほどになった.

そんなある朝,何時もの通り餌をあげようと小屋に行くと,1羽の鳩が無残な姿となって死んでいた.頭が鋭利な刃物で切ったような状態である.誰が犯人か判らないまま庭に埋葬してあげた.翌朝,またしても同じように頭だけ無くなった状態で1羽が死んでいた.これはただ事ではないと思い,犯人を何とかして見つけなくてはと注意をしていると,小屋の中が騒がしいので,懐中電灯を持って確かめに行ってみると,大きなネズミが鳩の背中に乗っかっているではないか.

ネズミは慌てて逃げ,幸いにも3羽目の犠牲を出さずにすんだが,毎日小屋を見張る訳にもいかない.そこで,ネズミの捕獲籠を仕掛けてみると,翌日大きなネズミが入っていた.犯人のネズミを捕獲したので,その後は籠を仕掛けないでいた.すると,またしても頭だけが無い状態で死んでおり,抱卵中の卵も1個無くなっていた.そこでまた,その日から籠を仕掛けると,大きなネズミが3日間連続で捕獲でき,鳩は無事であったが,今度は卵が無くなっているではないか.

ある晩(夜中)そっと小屋に行ってみると,なんとネズミが卵を尻尾にまるめて歩いているではないか.これが夢だったのか現実だったのかはっきりとした記憶はないが,そのシーンを鮮明に覚えている.それ以来,再度ネズミが侵入できないよう小屋を修理すると同時に,ネズミの捕獲籠とスーパーで買った殺鼠剤とを小屋の周辺に毎日仕掛け,どうにかネズミ騒動が収まった.(玉木 一夫)


ネズミの死体食Necrophagy

 

 これは,ネズミが仲間の肉を食べる話である.少々残酷な内容なので,耐えられないかたは読まないでほしい.1954年発行の日本医師会雑誌に掲載された山口與四郎氏(東京都衛生局)の論文をめくっていたところ,殺鼠剤用材料の喫食試験結果が載っていた.その中には,さつま揚,油揚,甘藷などと並んで,「鼠の肉14.4%」(348個の肉片を与えたところ,その14.4%を食べた)というのがあった.今日ならば誰もが敬遠するような試験である
 20143月,神奈川県ペストコントロール協会が横浜市内で行ったドブネズミ駆除事業に立ち会ったところ,毛皮も内臓もほとんど食われてしまい,頭と後ろ足を含む体の一部だけが残った角形カゴ罠が回収された(左図).狭い網目から動物が出入りした形跡はないし,カゴ罠の外側から食われた形跡もない.きっと,2匹が同時に捕まり,弱って死んだ仲間を元気な方のネズミが食べてしまい,挙げ句の果てに罠のふたを内側から押し開けて逃げた,としか考えようがなかった.大きなドブネズミならばそのくらいの力はありそうだ
ドブネズミ
はもとよりクマネズミの胃内からもネズミの肉が見つかることがある(下図).肉には毛が付いている場合もある.しかも,そのようなネズミを回収した近くには,頭や内臓を食われたネズミが弾き罠にかかった状態で見つかるから,明らかに,一緒に生活していた仲間を食べたのだと想像できる.死んだネズミを食べた場合には,「共食い(Cannibal­ism)」ではなく「死体食(Necrophagy, Necrophage)」と呼ぶのが正しいそうである.ただし,勘違いされやすいのは,ネズミの胃内容物や糞に必ずネズミの毛が混ざっていることだ.これはたいてい,毛繕い(グルーミング)によって取り込まれた毛であって,死体食によるものではない.(矢部辰男)



バケツ式ハツカネズミ罠

 

昨年,福島県の原発被災地におけるネズミ調査に加わった時のことである.バケツ式のハツカネズミ捕獲用罠について住民が教えてくれた.あるとき彼は,水がたまった筒状のゴミ入れに,ハツカネズミが溺れ死んでいるのを見つけたそうである.それ以来,バケツに水を張って,たくさんのハツカネズミを捕らえたそうだ.ハツカネズミは,なぜ,どのようにして飛び込むのであろうか.野生のハツカネズミはよく跳ねる.そのため,水が張ってあることを知らずにうっかり飛び込むのであろう.ところで,被災地では空き地や農耕地が放置されたままであるから,雑草が生い茂る.種子を好むハツカネズミはそのような雑草の実を食べて大発生することがある.放置された某村の郷土資料館にもたくさんのハツカネズミが粘着トラップかかっていた.(矢部辰男)





              肉球に汗をかく


 汗だくのネズミなんて見たことがない.でも,四肢の肉球に汗をかくことは間違いなさそうだ.肉球には汗腺がある(写真はドブネズミ).汗腺のあることは,だいぶ以前,ひだ構造を調べていたころに気づいたが,その意義について今まで深く考えことがなかった.この汗は,滑り止めの働きを助けるはずである.クマネズミ属の肉球にはひだがあって,これが滑り止めの働きをすることはすでに紹介したが(ねずみ情報,
No. 66),ひだ構造を持たないハツカネズミなどにも,やはり汗腺があるのではないか.(矢部辰男)



              高倉の原点?


 これは昨年11月にラオスで見た水田の風景である.高床の小屋にワラが積んであった.しかし,ネズミ返しは付いていない.この水田にいるのは木登りの不得手なコキバラネズミ(Rattus losea)とオニネズミ(Bandicota indica)であるから床上に侵入する心配はない.したがって,この高床は風通しをよくし,浸水を防ぐための倉庫であって,鼠害対策とは無関係のようだ.でも,クマネズミがいたらどうなるか.誰だってネズミ返しを考えつくだろう.きっと,このような小屋がネズミ返し付き高倉(高床式倉庫)の原点ではないか.ネズミ返し付き高倉は,各地で自然発生的に生まれたアイデアであって,中国などの,特定の地域から広がった文化ではないかもしれない.(矢部辰男)


ネズミの昆虫食

 FAOはタンパク補給のために昆虫食の勧めを宣言したが,家ねずみたちも昆虫食ではヒトに後れをとらない.種子や果実などの植物を好むクマネズミやハツカネズミも昆虫をよく食べる.明らかに人家のくみ取り便所で採食したオオクロバエ幼虫が,ドブネズミやクマネズミの胃内に見つかったことはたびたび紹介した.屋外で捕らえたクマネズミの胃内から,ガの幼虫がよく見つかる(写真,格子は5mmを示す).たくさんのシロアリが出てきたこともある.ところでネズミたちは昆虫をタンパク源として利用しているのだろうか.昆虫にはタンパクも豊富であるが,リンやカルシウムなどのミネラルを含む灰分にも富んでおり(表),乾燥したカイコ幼虫ではタンパク質が5.2%であるのに対して,ミネラルは59.6%でたいへん多い(Golley, 1965).リスのなかには,カルシウムを摂るために昆虫を食べるものも確認されている(Robbins, 1983).しかし,どんなに好きだからといっても,ネズミは昆虫ばかりを食べているわけではない.例えばクマネズミでは,胃内容物に占める昆虫の平均容量は20%以下に過ぎず,タンパク源としては物足りない.ネズミが昆虫を食べるのはタンパクを摂るためだけではなく,植物食では不足がちなミネラルを摂るためだ,としたほうが説明しやすい.(矢部辰男)

昆虫の乾重量あたりの栄養割合(%).DeFoliart (1975)より.

昆虫

タンパク

脂肪

灰分*

イエバエ(蛹)

63.1 – 61.4

9.3 – 15.5

5.5 – 11.9

シロアリ

36.0 – 45.6

36.2 – 44.4

5.0 – 6.4

バッタ類(成虫)

50.6 – 75.3

4.5 – 18.4

3.8 – 18.9


*)灰分には炭素が含まれ,塩素が失われることがあるのでミネラル(無機質)と異なる.



           天井に棲みついたクマネズミ


 数年前から我が家の天井にクマネズミが棲みついた.夜中にコトコトコトと連続した音が数日間続いた.私にとっては懐かしい音である.小さい頃の田舎の家ではねずみは当たり前であった.猫も身分をわきまえて良く活躍した.が,家内は怖がった.そこで,浴室の天井にある板(40 cm四方)をそっと横にずらしてみると,数個の糞が見つかった.構造上,他の場所から天井裏は覗けないし,入れない.
 我が家はセキスイハイムM4タイプ(鉄板コア構造)であり,一見段ボールを重ねたような長方形の小さな家である.玄関やガラス戸を閉め切ると開口部は少ない.外からの遮音性はすぐれているが,内部の音はよく響く.その時の侵入は庭に面した床下通風孔とわかり(毛が付いていた),金網で塞いだ.その後,殺鼠剤(ワルファリン+カナリアシード)を浴室天井に配置した.やがて音は止んだ.ところが数年たって再びにコトコトコトが聞こえた.今度は台所下のストッカーの蓋にも糞があった.再び前回と同様な殺鼠剤をプラスチック皿にこんもりと盛り浴室天井とストッカーの蓋の上においた.4日後,皿の殺鼠剤の山は崩れていた.確かに食べたようだ.コトコトコト音は消えたようである.明るい場所にでてきて死ぬというが,出てくる場所が見当たらない.さしあたり食べ物が齧られたり,袋が破られたりしたような形跡はないが,何かを食べているのであろう.居間の天井にある水漏れ様斑はねずみの尿に違いない.我が家にはクロゴキブリも大手を振って棲みついている.紺屋の白袴といった塩梅である.(千葉,Tabarito)


      ラットとドブネズミの間に生まれた子の性格は?

 雌親がラット(Wistar-Imamichi系).雄親が都内で採集したドブネズミ.行動は,ラットを少しだけ機敏にした動き.性格は,ラットと同じでハンドリングしても咬むことはない.見た目はドブで,性格はラット.これは意外であった.
ちなみに,遺伝を研究している人なら当り前のことかもしれないので掘り下げないが,体色は2種あり,1つはドブネズミと同色,尾の先・手足の先が白色(写真1).もう1つは,腹に白い斑,尾の先・手足の先が白色(写真2).雌雄逆にしたら性格がどのように変化するか,機会があれば試してみたい.(小松謙之)



           私のねずみコレクション

 ネズミの置物は干支にネズミが含まれているため,全国に数多く存在している.それを集めると膨大な量になると予想されるので,私はB級品を主に集めている.これも,始めてみるとそう簡単には集まらない.その一部をご紹介したい.
 左図,上段左から,会社に古くからあったクマネズミらしきビニール製の置物,日本の雑貨屋で見つけたゴム製の置物,ミャンマーのお土産で木製の栓抜き,インドの雑貨屋にあった真鍮製の置物.下段左から2個(大小),インドネシアのお土産で,ゴムで出来たグニャグニャの置物?(何年経過しても化学臭のする油が染み出してくる少し不気味な素材),貰った物だと思うがMade in Chinaと書いてある正体不明のプラ製置物,松島芳文先生に頂いたお菓子のおまけ,アメリカ土産だったと記憶しているネズミのバッチ,Tハンズで売っていた置物,誰かからもらった置物.
 これらのコレクションの良いところは,あまり売っていないため買う機会が少なく,安価な物が多いので,出費が少ないところ.集めるポイントは,見つけたら即買うこと.翌日とか言っていると,買いそびれる.中でも,珍しいのがこちらの置物(下図,左).大きさは頭胴長2cmほどだが,錫で出来ており,父親が昔骨董品店で購入した古いものらしい.形態から想像するに,クマネズミのようだ.ネクタイは残念ながら,これ1種しか見つけていない(下図,右).(小松謙之)



         自分の糞で種まきをするクマネズミ

 クマネズミは種子・果実が好きだ.でも,それだけではない,好きな種子を自分で散布する.しかも,糞をとおしてまく.クマネズミの胃内容物や糞内容物を調べると,そんなことがわかる.
 スズメノコビエはヒエの仲間で粒の大きさは2mm足らずであり,これを食糧にしている民族もある.小笠原にはこのイネ科植物がいろいろな場所に生えていて,クマネズミの好物になっている.ところが食べられたすべての粒がかみ砕かれるわけではない.あまり小粒なので,そしゃくをすり抜ける種子があるのだ.これらの種子はネズミの行く先々で糞をとおして散布される.トケイソウの仲間にクサトケイソウという,熱帯・亜熱帯に多い低木がある.クマネズミはこの果実(図A:つぶした状態)が大好きだ.しかし,クマネズミはその果肉だけを食べるのであって,かなり大きな種子はかみ砕かれることなく,そのまま胃の中にとどまる(図B).したがって,これも糞をとおして散布されることであろう.クワの実の場合も同じであり,果肉だけが食べられて種子は排泄される.
 しかし,すべての種子がこのようにうまく散布されるわけではない.シマホルトノキの実(図Cは果実,Dは種子で長径1cmほど)は小笠原の天然記念物アカガシラカラスバトの好物であるが,クマネズミの好物でもあり,競合するので大きな問題である.この種子の場合,果実全体がかじられてしまうので,散布や発芽はない(図C右はクマネズミにかじられた果実).(矢部辰男)


        2020年オリンピックを迎えるラトポリス

 2020年の干支は子年です.ジル・テリアン著(原道子訳)『ラトポリス,ねずみたちの都市』(1977年,共立出版)の主人公はドブネズミでしたが,オリンピックを迎えようとするラトポリスの主人公はクマネズミです.先進国のなかでクマネズミが横行する都市は日本だけ.大阪万博(1970年)では日本脳炎が恐れられましたが,都市化のために患者発生は激減しました.ネズミ社会から見ると,1960年代までは都市化とともにドブネズミが増える「都市化の第1段階」であり,70年代からは都心の大型ビルにクマネズミが横行する「都市化の第2段階」,そして,東京都心の場合には90年代半ばから,大型ビルだけでなく住宅街にまでクマネズミが横行するようになり,これは「都市化の第3段階」です.1900年(明治33年,3×3 = 900と覚えると便利)は子年でした.これに12の倍数を加えると子年が素早く計算できます.皮肉にも子年の1900年に,サンフランシスコの中華街でペストが初めて発生し,街は偏見の目で見られました.わが国のラトポリスは大丈夫でしょうか.「ねずみ年のネズミ都市でクマネズミを見よう!」などという夜間観光がはやらなければよいのですが.そのためにも,「クマネズミの消えた都市」が都市化の第4段階になってほしいものです.<写真はハワイの中華街で入手した子年のTシャツ>(矢部辰男)



ねずみ情報 No.67 (2013年6月15日)より

         拡大解釈された「スーパーラット」


 「スーパーラット」の用語が拡大解釈されようとしている.これは本来,抗凝血性殺鼠剤の効かないネズミを指すものとして使われてきた.我が国でこれが使われるようになったのは1980年代であり,NHKのTVディレクターが名付けたそうである(谷川力氏談).A. P. Meehanもその著書(“Rats and Mice”, Rentokil Ltd, 1984)のなかで,スーパーラットあるいはスーパーマウスとは,ワルファリンに効かないネズミに対して,1950年代初頭から使われてきたものであり,巨大ネズミやずるがしこいネズミを指すのではないとしている(p.177).ところが,今年1月末に放映されたNHKテレビ,ニュースウオッチ9では,スーパーラットの企画と銘打って,殺鼠剤の効かないネズミと巨大ネズミの両方を話題に取り上げた.明らかに拡大解釈である.これでは私たち専門分野の者にも世間にも混乱をもたらす.あくまでも従来どおりの使い方を推し進めるべきではないか.なお,私は出演の際,巨大ネズミが増えているという説明を求められたが,そのような事実を示す科学的根拠はないのでお断りした.(矢部)


         血糊に張り付いたハツカネズミ?

 2013年3月末,某警察署の刑事課からハツカネズミに関する問い合わせを受けた.ひとり暮らしの老人が吐血して死亡していたそうである.その血液の中に2匹のハツカネズミが死んでいたという.そこで,その問い合わせとは,ハツカネズミは血液に誘引されるのか,血液をさらさらにするワルファリンを老人が服用していたので,その毒作用で死亡するか,血液の中で足が滑って動けなくなるということがあるか,などといった内容でであった.もちろんすべてを否定した.が,待てよ,ゴキブリ用粘着トラップにも捕らえられてしまうほどの力の弱いハツカネズミのことである,もしかして血糊に張り付いたのではないか.そんな疑問に駆られて,こちらから問い合わせてみた.しかし,服用薬の影響で血液はさらさらであり,粘着性がないはずだ,今回の件は事件性がないのでこれ以上の詮索をしないとの返答で,私の疑問は晴れぬままに幕引きとなってしまった.(矢部)


           配電盤とネズミの感電死

 報道によると,東京電力福島第一原発で仮設配電盤に小動物(ネズミ)がショートして,約30時間の停電があったとのことです.報道された写真から,事故を起こしたのはドブネズミと思われます.
私は1975年(昭和50年)ころ,埼玉のある乾燥施設(カントリーエレベータ)の中央操作盤で感電死したドブネズミを発見したことがあります(写真,上).穀物の保管業務施設であるため,ドブネズミとハツカネズミは施設内のどこにでも生息していました.また,同じく1975年ころ,栃木県内のライスセンター(RC)の配電盤を調査したところ,ドブネズミとハツカネズミの糞のほか,ヒモ屑を集めて作られた巣を見つけた例もあります(写真,下).RCは職員が季節的に通勤して管理をしているために,配電盤まで関心が行き届かなかったのかと思われます.この状態では配線を齧り切られる恐れがあります.このときは,配電盤内の糞やゴミ類を清掃して,粘着トラップを仕掛け,配電盤の2cmの隙間に粉剤処理をしました.(松浦禎之)


           オニネズミは脂だらけだった

 2012年11月末,ラオスの水田でオニネズミ(Bandicota indica)とコキバラネズミ(Rattus losea)を調べる機会を得た.この時期は乾季であり,水田はすでに収穫が終わり枯れた茎だけが残っている.そんな枯れ野原のような水田で,この2種のネズミはどうやって生き延びるのであろう.食べ物の少ない冬や乾季を越すためには3つの方法がある.それは,①家ねずみのように人間に寄食する型(寄食性),②アカネズミやハタネズミのように食べ物を巣穴などに蓄える型(貯食性),そしてもう一つは③体脂肪を蓄える型(貯脂肪性)である.この3番目は,渡り鳥などが持つ特性で,体内にエネルギーが蓄えられているので長距離移動が可能で,移動しながら食べ物を探すこともできる.
 私はオニネズミとコキバラネズミが貯脂肪性であることをいろいろな場で主張してきた(例えば矢部 1998:『ネズミに襲われる都市』中公新書).これは1988年2月(乾季)にタイの農村で得た経験によるものである.しかし最近はその主張に自信を失っていた.そんな貴重な体験なのに写真の記録を撮っていなかったからである.
 ところが,この私の主張は少なくともオニネズミに関しては間違っていなかったことを,今回確かめることができた.ラオスで得たオニネズミ3個体ののうち1個体が体腔いっぱいに脂を貯めていたからである.ただし,残りの1個体はやや少なめ,さらにほかの1個体は皆無であった.実は脂をいっぱい持っていたのは捕獲の当日に殺したもの,他は3日目に殺したものである.したがってこの間に脂が消費されてしまった可能性がある.コキバラネズミについても同じように3~4日目に殺したもので,そのためか脂は皆無であった.
 しかし,タイで見た印象は鮮やかによみがえった.捕獲後すぐに調べれば,体腔は脂で満たされているはずである.ただし,体脂肪がそんなに短時日で消費されてしまうというのは理解できない.(矢部)



ねずみ情報 No.66 (2012年12月15日)より

             後肢肉球のスンプ像

 邑井良守氏が,ねずみ情報No.64に紹介されたスンプ法で,ネズミ後肢の肉球を観察してみました.私は,かつて走査電子顕微鏡で肉球の写真を撮影したことがありますが,これよりもはるかに安価な経費で,手間もかかりません.ただし,スンプ板には肉球の角質層が張り付きますので,これを取り除くために水酸化ナトリウム液で処理する必要がありました.図のRlはコキバラネズミ(Rattus losea)であり,台湾で捕らえたものです.このネズミは泳ぎが得意ですが,木登りは不得手ですから,ひだの発達がよくありません.Rrはクマネズミです.こちらは木登りが得意ですから,ひだがよく発達しています.なお,スンプセットはネットで入手できます.(矢部)


            わが家の床下にアカネズミ

 床下収納庫(収納庫に囲いはない)を開けた妻が突然悲鳴を上げた.今年6月半ばのことである.自家製味噌のカメを覆うビニルが細かくかじられていたからだ(写真左上の隅).周りに落ちていた糞が小さかったので,ハツカネズミが犯人だと私は直感した.わが家の向かい隣にはイチゴやトマトのハウスがあるせいか,ハツカネズミがよく現れる.数カ月前にも庭で2匹のハツカネズミを捕らえた.ところが今回は予想に反して2匹のアカネズミ(オス48g,メス31g)が罠にかかった.
 物置などにアカネズミが入り込むことはよく知られている.しかし,ネズミ問題に深い関心を抱いている私の家が,そんな事件に巻き込まれるとはどういうことか.数十メートル先に小さな森があり,最近その一部が切り開かれた.住宅ができるらしい.その森に続くハウスの周りにも雑草が生い茂っているので,アカネズミはきっとその森からやってきたのであろう.開発工事に驚いて逃げてきたのかもしれない.それにしてもこの地に住んで40年,近所にアカネズミがいるとは全く気づかなかった.
 え,どこから侵入したかって?10年ほど以前に自分でリフォームをし,水道工事も自分で行った.その後水道管に水漏れがあったので,修理のために壁をはがしてそのままになっている.ネズミはたぶんそこから入ったのであろう.防鼠工事の大切さは重々承知している.少々油断したが直ちに改修したい・・・と思いつつ未だ何もしていない.(矢部)


         鳴く型と鳴かない型のクマネズミ

 クマネズミには鳴く型と鳴かない型とがある.鳴くのはオセアニア型(学名Rattus rattus,染色体2n = 38)である.これは脅すとよく鳴くそうだ(鈴木荘介,『侵入動物及び侵入ベクターのサーベイランスシステム構築に関する研究,平成11~13年度総合研究報告書』10 – 64, 2002).1990年代にロシア船から小樽に侵入し北海道に広がりつつあるクマネズミはオセアニア型であるから,よく鳴くという.ところがアジア型(学名をRattus tanezumi,英名をTanezumi Ratとすべきだという説があり,染色体2n = 42)はあまり鳴かない.
 アジア型クマネズミはせいぜい200gであるが,オセアニア型は大きく250gほどになる.小笠原諸島のクマネズミはアジア型と同じ数の染色体を持ち,脅しても鳴かない.しかし,これはオセアニア型との混血で(Chinen et al, Genes Genet. Syst. 80: 367 – 375, 2005),250g台の個体が捕れている(Yabe et al., Marine Ornithol. 37: 285 – 287, 2009;矢部,ねずみ情報 61: 65 – 66, 2010).
 ネパールのカトマンズに生息するクマネズミ(Rattus rattus brunneus) はよく鳴くし体も大きい(300gを超す)ので,初めてこれに遭遇した私は,別種ではないかと疑ってしまった(写真はこれを棒で脅しているところ).眼球水晶体も日本のものよりずっと大きい(Shrestha et al, Mammal Study 27: 87 – 89, 2002).ただし,このクマネズミの染色体数は42本であるから(土屋公幸,私信),あくまでもアジア型で学名はRattus tanezumi brunneusと改めるべきなのであろう.(矢部)


               ねずみ供養

 平成24年4月4日清明の日に,港区虎ノ門にある八幡神社において,猫イラズで有名な成毛製薬㈱の主催で恒例のねずみ供養が行われた.ねずみ駆除協議会からは私のほか秦 和寿氏,事務局から伊藤靖忠氏が出席した.明治38年,初代成毛英之助氏が黄燐を輸入,加熱した水飴で希釈する製法を開発して「猫イラズ」として発売,大正・昭和の時代に広く普及し殺鼠剤の代名詞ともなった.成毛家は,4月の清明節の鎮花祭にあやかって毎年ねずみ供養を行い,今年で109回目とのことである.鎮花(はなしずめ)祭は,花の散る頃に流行る疫病を鎮める祭りで,全国各地で今も行われているが,奈良の三輪山にある大神神社では平安時代から続いている.(元木 貢)



ねずみ情報 No.65 (2012年6月15日)より

       覚えていますかタイ輸入米の混入ネズミ騒動

 コメ収穫不足のために,1994年にはコメに係わるいろいろな騒動がありました.このときは私も,自宅のコメ不足を補うために弁当をやめて,隣接する病院の職員食堂で昼食をとったものです.政府はタイや中国からコメを緊急輸入したのですが,タイ米にハツカネズミの死体が混入していて,「タイ米不人気,痛いネズミの死体疑惑」などとマスコミを賑わせ,国会でも取り上げられました.このネズミは今でも私の手元にあります.私はJICA専門家としてタイにいたこともあり,ハツカネズミは日本で混入したかもしれない,大騒ぎするのはおかしい,とタイを擁護したい気持ちでした.ところが精査した結果,これは東南アジアの周辺だけに生息するクチバハツカネズミ(Mus cervicolor)ということがわかったのです(写真左,出っ歯状).ただし突然の内閣改造などがありネズミ騒動は立ち消えになりました.(矢部)


   画文集『炭鉱(ヤマ)に生きる―地の底の人生記録』(山本作兵衛著)

 2011年に講談社から発行されたこの本を読んだところ,現代に共通する話題もあり,興味深いものがあるので紹介します.著者は明治25年(1892年)に福岡県に生まれ,7歳から筑豊の炭鉱に入って50余年,明治,大正,昭和の3代にわたる炭鉱(ヤマ)の姿を独学で絵と文章にまとめました.この記録が,平成23年にユネスコ「世界記憶遺産」に登録されました.
 坑内での男女共働きや,米騒動,労働者の生活ぶりなどがイラストで紹介されています.ネズミの話では,「坑内のネズミ」に,ウサギ坑夫といって,あまり仕事をしないで弁当だけ食べて帰る坑夫がいて(図右下),彼らが帰ると坑内にネズミが出没して残飯を食べにくる,と紹介されています.ネズミは地熱の高い大ヤマには生息しないが,坑底の浅い小ヤマにはたくさんいた.弁当を食べあさっていたネズミは肥え太っていて動きが鈍いが,災害を早く察知して,いち早く坑外に逃げ出す(図左),と紹介されています.
 私も鹿児島から筑豊炭鉱の長屋(社宅)の共同風呂やボタ山を,高校のときに訪ねたことがあります.本書は九州の人たちの生活史と人間の生きざまを教えてくれる貴重な書籍だと思います.(松浦禎之)



        クマネズミに役立たないベイトステーション

 現在市販されているベイトステーション(ベイトボックス,給餌箱)には,クマネズミが入りくいのではないか.これは小笠原諸島の森林原野における試験で得られた結論である.輸入品のベイトステーション(PCO用に売られているアメリカとイギリスの製品で,箱型の内部がいくつかに仕切られており,殺鼠剤または弾き罠を置けるようになっている)を使って弾き罠を配置したところ,クマネズミはほとんど捕獲できなかった.同じ場所に3晩配置し,のべ180台で3個体だけ捕まったに過ぎない.ところが,これと交互に置いたカゴ罠ではのべ180台で21個体が捕獲された.ふだん人間に接したことのない森林原野のクマネズミでさえこの状態ならば,建物内のクマネズミではこれよりもはるかに難しいであろう.ただしこれらのベイトステーションはドブネズミに対してはたいへん役立つ.横浜の市街地でドブネズミ対策に用いたところ,全く問題なかった(矢部ほか, 2012:ペストロジー, 27: 7 – 11).欧米では日本と異なり,ドブネズミは横行しているがクマネズミはほとんど問題にならない.このような国で開発された製品をそのまま導入するのではなく,我が国独自の開発が必要だと思う.(矢部)



ねずみ情報 No.64 (2011年12月15日)より

          私のドブネズミが地震を予知?

 動物が天変地異の前に普段と違う行動をする話は有名である.我々の身近な動物であるネズミ類にもさまざまな予知的行動の言い伝えがある.
「ネズミが突然いなくなるとその家に災いが起こる.」
「船からネズミが逃げ出すと沈む.」
などなど.
 さて,私のところでは,クマネズミを10年以上にわたり,100匹ほど飼育している.3月11日の震災時のネズミ類の行動は,残念ながら外出していたため確認できなかった.しかし,東京のビル内に生息しているクマネズミは,地震の前後も普通にビルに生息している.東京はビルが破壊されるような事態にならなかったためかとも思うが,クマネズミには地震予知能力はなさそうである.
 4月13日,午前,実験に使おうと2匹の雌の成獣ドブネズミを飼育ケージから捕獲用カゴに移し終え,床に置いて数十秒後,突然2匹が「キイキイ」と鳴き始めた,皆さんご存知のとおりドブネズミは些細なことでもよく騒ぐので,「ああ,また鳴いている」程度に思っていると,その直後に地震が来たではないか.気象庁のデータによると,10時07分,福島県浜通りを震源とするM5.7の地震の出来事である.このときクマネズミも同室内で飼育していたが,特別気になる変化は感じなかった事から,ドブネズミだけの反応であったようだ.ドブネズミはクマネズミに比べ,地表より下面で生活しているため,地殻などの変化に敏感に反応することができるのではないだろうか.現在,野生生物が持つ未知の物質に研究者の目が向いているようだが,野性のドブネズミも意外と凄い能力を持っているかもしれない.(小松謙之)



           『鼠草子』(ねずみのそうし)

 六本木駅前にあるサントリー美術館の売店に,絵本シリーズ第一弾として『鼠草子』(サントリー美術館編集・発行,斎藤真麻理協力)が売られていました.同美術館所蔵「鼠草子絵巻」五巻(室町~桃山時代)を現代語訳したものです.ネズミの古典漫画として,ネズミに興味を持つ人たちの必読教養書ではないでしょうか.(矢部)



          正倉院にはネズミ返しがあるか

 2011年の秋,宮崎市で催された哺乳類学会の折,奈良正倉院をそっくり復元した,西の正倉院と称せられる建物を訪ねた.百済の里と呼ばれるこの町に行くバスは少なく,JR日向市駅からタクシーで8000円以上かかるへんぴなところにある.案内者(元市役所観光課長で,本建物の建築に終始携わってきた)に尋ねたところ,正倉院にはネズミ返しがあると主張されたこともあったが,文化庁によって否定され,今日に至っているという.しかし,高くて太い円柱に支えられた床下の造りは,南西諸島で近年まで使われてきたネズミ返しにそっくりである(本誌60号拙文参照).ネズミ防止を意識しないまま,結果としてネズミの侵入を防ぐことができたのではないか.(矢部)



              Rats and Mice

 日本語で「ねずみ」あるいは「いえねずみ」という言葉は「ドブネズミ」「クマネズミ」「ハツカネズミ」を指しているようです.すなわち,「Rats and Mice」は一纏めに「ねずみ」と片づけられるか,複合語(Compound word)からなっています.一方,英語ではMice 及びRatsは双方ともに単純語(Simple word)であり,両者ははっきり区別されています.また,スペイン語ではRatón y Rataと呼んでいます.なぜ,スペイン語でMouseをRatón(大きなねずみ)と呼ぶのか理解できません.現地の友人にその点を追求すると,時に縮小語尾を付けてRatonsito(小さな大ねずみ)と呼び変えたりします.
 古来,日本で「ねずみ」と呼んでいたのは「クマネズミ」のような気がします.これはたぶん農村で,いちばん大切なお米の有害獣として位置づけられた歴史の長さから来たものでしょう.私がドブネズミを初めて見たのは,昭和33年鹿児島にでてからで,市内を流れる甲突川沿いの不法バラック小屋の路地でした.汚いねずみがいるものだと驚いた思い出があります.
 欧米では相当古くから,両者を分けていたように思われます.欧米人が,大型ねずみを指すRatsと小型ねずみを指すMiceから受ける印象はかなり違うようです.熟語で使われる場合,前者は汚らしい,ずるがしこい,裏切り者,協定破りなどの負の意味で使われる場合が多く,一方,後者のMiceから受ける印象は,臆病者,可愛い子,My darling,young woman など,弱者の意味で使われることが多い.
 1928年に生まれたとされるMickey mouseは世界中の子供のアイドルとさえなっています.中米ではRatón Miguelitoと呼んでいました.イタリアではTopolinoとなり,どこにもMickeyは見当たりません.
 それにしてもパソコンの「マウス」は特徴を良く表しています.これを日本語で云えと言われたらどうします.ちなみに,広辞苑(1983)ではマウスに対して,実験用ハツカネズミの他,コンピューターの位置入力装置となっています.ラット(ラッテ)の項では実験用のシロネズミとなっています.Random House Dictionary(1985)でMouseを当たってみてもまだコンピューターマウスの用例は見当たりません.もし,コンピューターの位置入力装置を開発した人が昆虫に興味を持った人であったら「ローチまたはコックローチ」となっていたかも知れません.(田原雄一郎)


         グリーン車に乗ったハタネズミ

 ノルボルマイドは1964年(昭和39年)米国McNeil社によって開発された殺鼠剤で,我が国には住友化学工業が導入し,開発後ラチケートの商品名で販売されたものである.薬事法による登録には国内でのデータが必要であり,いくつかの機関に試験が委託され,筆者の所でも実施した.クマリン系殺鼠剤以来,我が国では新しい殺鼠剤の登録がなかったので,当時,ねずみ駆除関係者の期待は大きかった.
 実験に当たってドブネズミ,クマネズミ,ハツカネズミは標的動物であり,入手も比較的容易であったが,非標的動物についても試験を行う必要があった.当時はネズミ以外での試験は設備や経費の面などから難しかったので,当面,駆除の標的ではないネズミで試験を行う計画を立てた.一つは当時の東大伝染病研究所でフィラリアの研究にコトンラット(スナネズミ)を飼育していたので,これを譲り受けた.もう一つは,京都市衛生研究所の熊沢誠義先生が生態研究でハタネズミを飼育していたので,京都まで受け取りに行くことになった.熊沢先生は殺鼠剤の試験でネズミを殺すことを好まないようにお見受けしたので,そのことをあまり語らずに10匹ほどを譲り受けたと記憶している.
 ハタネズミは長時間輸送や高温耐性が弱いのではないかと考えられていて,東海道線で運ぶにはネズミの健康上リスクがあった.幸いにもその年に東海道新幹線が営業を開始したばかりだった.記憶が確かではないが,当時,普通車に冷房がついていなかったのか,何故かグリーン車で運ぶことになったと思う.所属機関の出張規程によれば,平職員の筆者がグリーン車に乗ることなどできなかったが,ハタネズミのお陰でその恩恵にあずかり,ネズミ共ども快適な旅をすることができ,無事に川崎まで到着して実験に供した.本剤はRattus属以外には効力が低いが,この試験結果は衛生動物18巻1号(1967年)に論文として報告したが,ハタネズミが新幹線に乗車したことは,後にも先にもないことかもしれない.
 この間,試験を依頼された機関から研究者が大阪に集まって,会社主催の検討会が行われた.実験を担当した20歳代の筆者も,新参者として,当時ネズミの研究を行っていた大御所の先生方に混じって参加した.筆者の成果の中で問題があると思われたのは喫食性であった.この問題に関しては条件によってバラツキが大きいという成績が,国外のいくつかの機関でも得られていたようであったが,他の研究者達からはそのような報告がなかったことから問題にされずに残念に思ったことを覚えている.製品が販売されてからは,企業から依頼されて,新潟県,山形県など東北地方のあちこちの都市や町村に,ねずみの講演で出かけた.今回の東日本被災地の報道から当時のことが思い出された.(田中)


            古墳時代(!)の高倉

 高倉(高床式倉庫)は,南西諸島や八丈島のものを除けば,すべて弥生時代に造られたものと私は考えていた.古墳時代の高倉は床下にも扉付きの倉庫があったと書かれた考古学書を読んだことがあり,弥生時代のものとは構造が異なると思っていた.ところが,必ずしもそうではないようだ.松山市考古館に展示されている高倉(写真)は,古墳時代前期の古照(こでら)遺跡から発見された部材をもとに復元されたものである.登呂遺跡の高倉とそっくりな形をしていた.灌漑用の堰に倉庫の部材が転用されていたという.これは,2010年11月に愛媛県松山市で開かれたペストロジー学会の際に訪れて知ったものであり,ちなみにネズミ返しまでの高さは120cmほどであった.(矢部)


ねずみ情報 No.63 (2011年6月15日)より

        街で見つけたアルビノドブネズミ

 東京の街の片隅で白いネズミを見つけた.クマネズミかと思ったが,ぱっと見どちらか判断し難い.しかし,近寄るとキイキイ鳴いて向かってくる.これはどう見てもドブネズミの性格だ.捕獲したのは2010年10月.墨田区のビル街.体重292g頭胴長230 mm,尾長200 mm.雄の個体だった(写真,上の個体).かわいそうに左目が怪我で塞がっているが,右目はルビーのように美しい透き通る赤色.黒い箇所はどこにも無い.はたしてこれは実験動物の「ラット」が逃げた個体なのか.そこで,たまたま昨年購入したWistar系ラットと比較してみた.こちらも雄の個体で42週齢.体重495 g.頭胴長270 mm.尾長200 mm(写真,下の個体).明らかに大きさが違う.別の種のように見える.試しに雌のドブネズミと同居させたら子供が7匹生まれた.皆ノーマル色.ドブネズミのアルビノはPCO仲間でもたまに目撃例を聞いた事がある.この個体も野生のアルビノドブネズミと考えて問題なかろう.(小松謙之)



       これ本当にクマネズミ対策用高倉?

 横浜の都筑区にある大塚・歳勝土(さいかちど)遺跡には復元された高倉が展示されている(写真).私の知る限り,クマネズミ対策用としては最も東に位置する高倉である.この高倉の掘立柱はたいへん低く,地面から65cmしかない.ただし,床面まで(ネズミ返しまでではない)元来126cmだったが,土盛をしたために現在の高さになったという.ネズミ返しの板も小さく,直径40cmほどしかない.念のため学芸員に尋ねたところ,やはりクマネズミ対策のもののようだった.しかし,これでは正しい復元構造と言えない.気になるのは,この復元写真が2009年入試センター試験日本史の問題として使われたことである.(矢部)



           稲の来た道に高倉はない?

 水田稲作は長江(揚子江)流域に発達し,日本へは,これが中国大陸から直接渡来したコースと,朝鮮半島を経由して渡来したコースとがある(佐藤, 2002:佐藤洋一郎『稲の日本史』,角川書店).ただし当時の航海術や船の構造からみて,朝鮮半島経由以外には考えられないという主張もある(池橋, 2008:池橋宏『稲作渡来民―「日本人」成立の謎に迫る』,講談社).では,長江流域や朝鮮半島南部に高倉があったのだろうか.
 長江の中・下流域では紀元前4000 – 5000年の,高床式住居群からなる稲作集落が発掘されている(池橋, 2008).私は2010年7月に浙江省で開催された国際フォーラムに参加する機会があり,その際,博物館の研究者たち(ただし鳥類専門家)に高倉について尋ねたが,彼らは全く知らないようだった.では,朝鮮半島はどうであろう.朝鮮半島には環濠を備えた稲作遺跡として有名な検丹里遺跡や松菊里遺跡がある.私は2009年9月に半島南端の都市,木浦に行く機会があった.そこで,地元の研究者(ただし海鳥や海洋生物の研究者)に,日本から持参した高倉の写真を見せて尋ねてみた.しかし否定的な返事しか得られなかった.池橋(2008)によれば,朝鮮半島の気候や地理条件から,長江流域の技術はそのまま適用できず,高床式建物は日本で初めて実現したという.私にとって,高倉の来た道は依然謎である.(矢部)





          『ねずみのいえのおきゃくさま』
     (えぎり えいいち・さく,日本キリスト教団出版局)


 馬小屋はもともとネズミの家だと,ネズミたちは思っていました.そこへ聖マリアの乗ったロバが,ついで羊飼いにつれられた羊たち,そして最後は学者の乗った3匹のラクダがやってきました.ネズミとこれらの動物との語り合いをとおして,キリスト誕生のありさまが描かれています.「ねずみは にんげんに はなしを するのが にがてです.でも,わたしは ねずみと なかよく しているので,ずいぶん たくさんの ことを きかされました.この おはなしは,ねずみの いえの いちばん たいせつな おもいでとして,そっと おしえて くれた できごと なのです.」と,作者は結んでいます.これは92才になるまでネズミとつきあい続けてきた人生の結論ではないでしょうか.作者「えぎり えいいち」とはねずみ駆除協議会顧問,長谷川恩博士のペンネームです.かつては禰須美採訪隱士というむずかしい名でした.ネズミ語がわかるようになって初めて隱士の悟りが開けるのでしょう.(矢部)



 
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