ヘッダーイメージ 本文へジャンプ
ねずみ駆除協議会の
          ご案内

 ねずみ駆除協議会の歩み

 開催された研究会

 構成メンバー

 規約及び入会方法 

 行事予定 

 当協会の事務局

 お問い合わせ 

トピックス 

  トピックス

コラム

  コラム

高齢者宅における
  ネズミ防除Q&A集
 
 ダウンロード 

出版物のご案内 

 出版物のご案内

 ねずみ情報目次 

ねずみの参考書

 ねずみの参考書

ねずみの写真

 カラースライド第1編:
   種類と習性

 カラースライド第2編:
   行動と被害

 解説書

ねずみの駆除方法

 ねずみ駆除の手引き

ねずみの被害事例

 ねずみの被害事例

◎PCOのページ

 PCOのページ

幼児・児童の
    ページ

 ねずみとねずみのくらし

<TOPへ戻る>

 コラム

<2020年以前はこちら>


<2022.12.15>

        
   ネズミに齧られた種芋



 筆者ならびに斜向かいのお宅で相次いでネズミの害に遭遇した.筆者は,毎年,堆肥の発酵熱を利用して野菜の苗を育てている.堆肥置き場の大きさは1 m3 (1 m × 1 m × 1 m)である.堆肥の材料は,暮れに,公園に積まれた落ち葉をいただいて,米ぬか,腐葉土と混ぜて踏み固めて,上部にはビニールシートをかぶせて煉瓦で端を押えておけば自然に発酵する.1月末にサツマイモを伏せれば,3月中頃に発芽して5月の連休頃には畑に移植できる.ところが,今年,3月末に見てみると,6個の内4個は跡形もなくなくなっていた.残りの2個は半分以上が齧られていた.諦めて放置していたところ発芽してきた(写真).そのまま5月中頃に合計10本ほどの苗を移植することができた.ネズミの姿は見ていないが、堆肥に縦横にトンネルが掘られていたことからドブネズミと考えられる.捕獲用のパチンコにソーセージを付けて捕獲を試みたが成功しなかった.同時に種を播いたトマト,キュウリ,ナスの苗は丈夫に育った.(田原雄一郎


        この歯形,ハツカネズミかゴキブリか

 甘そうな洋菓子を包むビニルの角が円くかじられている.その穴は細かな歯形で縁取られていた(上側の写真,右はかじり痕の拡大).かじった犯人はハツカネズミだろうか.きっと,そんな思いで私のところに知らせてきたのだろう.ハツカネズミも円いかじり痕を作る.しかし,洋菓子の場合はゴキブリによるものであった.では,どうやって両者を区別するのか.ゴキブリの歯形はたいへん不規則だ.ところがハツカネズミの歯形は規則的で,1対の切歯を規則正しく動かした痕が残る(下側の写真).(矢部辰男)




        生ゴミの埋め立て処分地とネズミ

 1970年代初めのころ,神奈川県内の自治体からゴミ埋め立て地のハエ問題について苦情処理の協力要請があった.埋め立て地にはクロバエ類など大型のハエが発生していたが,苦情者宅には大量のヒメイエバエが飛び交っていた.この苦情者宅では養鶏場から出た鶏糞を裏庭で干していた.ヒメイエバエはこの鶏糞から発生したものであってゴミ埋め立て地とは関わりがない.1960年代から1970年代初めにかけては,多くの自治体が生ゴミなどを埋め立て処分しており,そこからはイエバエやドブネズミが発生して,しばしば大きな問題になった.イエバエの多いところにはドブネズミも多い,と唱える専門家もいたほどである.写真は1960年代後半に横浜市戸塚区(現在瀬谷区)内のゴミ埋め立て地でネズミ調査をしているところ.埋め立て地には一般にドブネズミが多いが,ここではクマネズミも捕れた(下の写真).おそらく今では一部の離島を除き,このような風景を見ることはできないであろう.(矢部辰男)




     青酸ガス燻蒸によるLST(戦車揚陸艦)のネズミ駆除

 来年2023年は米軍がベトナム戦から撤退して50年になる(戦争終結は1975年).当時横浜港に停泊していたLSTのネズミ駆除の様子を見学したことがある.青酸ガス(缶詰)を使った駆除で,横浜検疫所の職員に案内してもらった.たいへん危険な作業だが,この方法ならばネズミに限らずすべての害虫が駆除されたことであろう.日本も後方基地となり,LSTには多くの日本人が船員などとして乗り込み,ベトナムとの間を往復し協力していたようだ.軍事物資はもとより枯れ葉剤なども運んだという.ところで,青酸ガス缶詰は,1940年代終わりから1960年代初めころ,愛媛県宇和島海岸地方でドブネズミが異常発生した際にも使われたと聞く.ただし,そのような危険物は,もちろん今は存在しない.(矢部辰男)











<2022.06.15>


ベトナムの洗骨葬とドブネズミ


 ハノイ空港から市内に向かう道路沿いには水田が延々と続く.ベトナムには水田が多い.6年ほど前,ハノイから観光バスでベトナム北部の観光地,ハロン湾へ行ったときのこと,水田の中に棺が点々と並んでいた(写真には写っていない).ガイドによればこれは洗骨葬のためのものであるという.死者を葬った棺を水田に一定期間安置しておくとナマズが食べてくれるのできれいになる.後日,遺骨を取り出して正式に土葬にするという.洗骨には,3年間土葬にした後に遺骨を洗い出す方法もある.ガイドのこのような説明を,そのときは適当に聞き流していたが,その後気になる情報が耳に入った.水田にネズミが多いというので知人が調べたところ,それはドブネズミであったという.もしかするとナマズだけでなく,ドブネズミも洗骨に加わっているのではないか.ドブネズミは泳ぎが得意なうえに肉類を好む.ベトナムにとってこれは許容できる実情ではないと思う.(矢部辰男)





<2021.12.15>

ノスリはネズミを食べ残す


これは小笠原諸島の南島(写真:父島列島に属する無人島)で見たできごとである.2009~2010年ころ,島を訪れたところ,クマネズミやオオミズナギドリの死体がたくさん転がっていた(写真:ノスリに食べ残されたクマネズミの内臓).オガサワラノスリに襲われたものである.島は低木と草原に覆われているので,ネズミを捕らえるのはノスリにとってたやすいことであろう.それにしてもノスリはずいぶんもったいない食べ方をするものだ.餌食のネズミを完全に食い尽くすのではない.

北海道の根室半島沖にあるユルリ島とモユルリ島(これらも低木と草原で覆われた無人島)にも秋ごろノスリが飛来し,春から夏にかけて大発生したドブネズミ(この時期は海鳥たちの繁殖期で,ネズミたちは海鳥やその卵を食べて大発生する)を食い散らかす.これらの死体は腐ることなく雪下に残る.ノスリに襲われずに生き残ったドブネズミたちはこの死体を食べて積雪下で繁殖すると推測される.雪下で繁殖したネズミたちは春から夏に海鳥を襲って繁殖する.ドブネズミたちはこんな,春~夏と冬の繁殖サイクルを繰り返しながら北の無人島に生き続けるのだ.(矢部辰男)



ノスリのペリット

これは小笠原諸島の西島(父島列島に属する無人島)の話である.草原に毛の塊が落ちていた.ノスリのペリット(消化されずに吐き出された物)である.ペリットを広げてみると,ほとんどがクマネズミの毛で,そのほかに歯や爪(下の写真右上)も出てきた.(矢部辰男)



<2020年以前はこちら>

 
フッターイメージ